まゆ

まゆ

公開日|2023.05.01

更新日|2023.06.15

四十近くのくたびれた中年の、不倫。この言葉を聞いて、若い人々や品行方正に生きている同年代の主婦などの心に沸くのは『汚らしい』『滑稽』などの言葉だろう。


いくらでも思えばいい、事実だから。


ただ事実だからとて、私には響かないし罪悪感も微塵も湧かない。私の人生は私のもので、私が選んだ道がそうだっただけの事。ダイキから体の関係だけを求められ、呆れながら時折来るメッセージに返信していたある日の事。『浴びるほど酒飲んでる、一人で』というメッセージが来た。『やめなよ、体に悪い』と送り以降しばらく返信せず、一方的に送られてくるメッセージを眺める。

『まゆを忘れられない、本当は死ぬ程好きで仕方ない。まゆを失ったら生きて行けない』『まゆはもう、俺の一部』『寂しい』『愛してる』『助けて』

どうしたらいいんだろう、頭を抱えながら『とりあえず飲むのはやめて』とだけ返した。『助けて』『まゆが居ないとダメなんだ』『寂しい』『触れなくてもいいから、ただ会うだけでもいい。それもダメなら電話で声を聞くだけとかでもいい』自分の要望ばかり列ねるのは、勝手な性格ゆえか本当に辛いからなのか。確かに彼は、私が離れる時に豹変し、激昂し、狂う。そして私も…触れなくてもいい、と、助けて、という言葉は胸に来た。お前なんか必要ない、と捨て置く夫には愛は全く無い。無いから放置されても腹も立たない。助けて、寂しいと死に物狂いで私を引き留めるダイキには…愛ではなく情がすっかり移っている。


一度エサを与え、そのエサを喜んで食べる姿を見ると猫でも可愛くなり離れがたくなるものだ。まして人間なら尚のこと。一度体を与え、喜んで抱く姿も私は見ている。『わかったよ、もう』気付くとそう返信していた。『まゆは俺を好きじゃないだろ、もう』という問いに『そんな事ないよ、好きだよ』と送ると『嘘だ!まゆは俺からいつも離れたがるだろ!』と来た。なぜ離れたくなるか、そこを考えないのも彼の特徴。だけど少なくともこのやりとりは、あちらも情が私に無かったらされない会話でもある。やっぱり離れるのは無理か。半ば諦めのような気持ちで『好きだよ、思いが伝わないから離れたくなる時はあるけど、本当に好きだったし今も好きだよ。だから心配なんだよ。とりあえずもう飲まないで』と送る。『週末会いたい』『わかった、いつもの時間の電車に乗るね』のやりとりを経て、土曜。


ダイキはホテルに入るなり私の服を剥ぎ取ると、ベッドに押し倒しいつにもまして激しいキスをして来た。乳房に吸い付き、足の間に顔を埋める。指を挿入されながらの愛撫に、私は潮を噴いた。「愛してる、まゆは俺だけのもの、一生離さない」耳元で囁かれながら挿入され、ダイキの先端が子宮の入り口に届く度、私は生まれて初めて挿入中にも潮を噴いた。


正直言って、愛していると囁かれながら激しく突かれるセックスは最高に感じる。旦那との気持ちのこもらないセックスなどとは比べ物にならない。激しく絡み合うセックスの末、ダイキが私の中に射精する。射精後も勃起が治まらないペニスを挿入したまま、ゆっくり腰を動かすダイキは突然私を腕で押さえ付けた。そして今までした事が無かった、首筋を強く吸いキスマークを付けて来る、という“危うい痕跡”をわざと残すという行動に出た。髪で隠れる部分ならまだしも、正面に近い場所を吸われ驚きはしたが、こちらも絶頂した直後なので朦朧としてもいる。何とか「やめてよ…」と言うと、ダイキは「まゆは俺だけのものって証だよ」と言い笑った。ペニスを抜いたらいつものダイキならさっさと煙草を吸いにソファーに移るのに、今日は違う。抱き締めながら「愛してるって言葉に出して、今言って」「結婚したい」とうわ言のように繰り返した。ここまで言うなら、多少は本当にそんな気持ちもあるんだろう。悪い気はしない。ただ、二度目の挿入も終えシャワーに行く前鏡を見たら、ダイキが付けたキスマークは思っているより凄い力で吸っていたらしく、紫色になっていた。しかも目立つ場所にあるのには参った。手持ちのファンデーションを塗っただけでは隠しきれない。


困ったが、少し嬉しかった。ダイキが私を独占したいが為に付けたものでもあるから。逢瀬を済ませた帰り道、急ぎ駅ビルに入りコンシーラーと、顔に塗るより二段階暗いリキッドファンデーションを買い、ビル内のトイレでキスマークを覆うように塗った。それでも完全には隠れないが、かなりマシになった。


さすがに帰宅後は心臓が脈打つ、首筋にキスマークは言い逃れのしようがない。鈍感な旦那に気付いてくれるな、と祈るような気持ちで接する。「メシは?」とふんぞり返る旦那にさっと作った昼食を出し、帰ってきた息子達の服を受け取り洗濯し、いつものように妻や母親の役目に徹する。誰にも何も言われず夜になった。寝る前にもう一度厚くコンシーラーを塗りリキッドで覆い、仕上げにパウダーファンデーションをはたく。ホテルでシャワーを浴びる前、洗面所に映る紫の痕が残る自分の首筋を一枚、スマホで撮影した。私と分かるような顔はもちろんピアスやホクロもトリミングやアプリで消し、髪の色も変えて保存した。

ほとんど分からないくらいに化粧でキスマークを隠した後、その写真をそっとスマホのセキュリティフォルダから出して眺めた。はた迷惑な“証”だし二度と付けられたくはないが…、この写真は私が男に夢中になられた証でもある。少し誇らしいような気持ちも沸いた。一年前までの旦那にモラハラを繰り返される中、ただ家族の世話や仕事に明け暮れるだけの地味な主婦だった自分に、加工前の写真を「一年後のあなたよ。首筋のキスマークは旦那以外の男に付けられたの」と書き添えて送ってみたい、とも思った。きっと全く信じないだろう。それくらい私の人生は地味で辛いばかりのものだったから。

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