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一年
まゆ
公開日|2023.06.30
更新日|2023.08.14
あなたが今食べたいもので朝昼晩、一日三食の献立を組み立ててみて下さい。
…組み立てられましたか?
朝はクロワッサン、ハムエッグ、サラダ。昼はハンバーガーとポテト、晩はご飯と味噌汁と焼き魚に野菜の煮物?なるほど。
では、今後あなたは死ぬまで42年間その三食の献立しか食べられません。毎日毎日来る日も来る日も、この献立を食べ続けるんです。ああ、たまにお菓子くらいは食べて構いませんよ。でも食事はこの決めたものしか食べてはいけません。
なぜって?他のものなんか食べたら民法上違反になるからですよ。第一あなたが決めたんですよ?それを毎日食べるって。
言い換えると
では、今後あなたは死ぬまで42年間自分で決めた妻もしくは夫としかセックス出来ません。欲求がたまったら籍を入れた相手とし続けるんです。ああ、たまにアダルトDVDくらいは見て構いませんよ。でもセックスはこの決めた相手としかしてはいけません。
なぜって?他の人となんかしたら民法上違反になるからですよ。第一あなたが決めたんですよ?その相手一人でいいって。
それが結婚。磔の刑に処され掌から血を流す神様の前で皆その誓いを立てるが、余程の精神力や忍耐が無い限り、その毎日同じ献立しか食べられない誓いは守れない。人間は“飽きる”生き物だから。自分が夕食は魚と決めたが都度出されればやがて見たくもなくなり、たまには街の看板に印刷された熱い鉄板の上で焼かれたステーキが食べたいと欲求が沸く。だが食べれば民法上違反。
但し食べたからといって刑事罰は受けない。そして食べてもバレなければお咎めは逃れられる。
何より、色々と光る目を逃れてこっそり味わう他の料理の味は格別でもある。隠れて食べるのが上手いやつもいれば、下手なやつもいる。あっちの女は食べるのは闇に紛れた夜間のみ、そして食べた事をおくびにも出さず黙って知らん顔しているが、そっちの男は昼日中堂々と店に出入りしていて何度もバレている。
嘘をつく時は、真実にほんの少し混ぜ込むのが一番バレにくい。
不倫がバレるのは、恋人関係になるからだ。恋人になれば共に食事をし、たまにはテーマパークに行き、クリスマスなどの記念日にはイルミネーションを見てバーでワインを飲む。互いに相手が居ないなら大いに出来る事も、片方または双方に相手が居る連中がやればすぐに人の目に付く。そしてスマホの中に一緒に写った写真があったりメッセージアプリでのやりとりがあれば、伴侶にバレる。
もう一つは近過ぎる場合。社内、同じ学校の保護者、よく行くコンビニの店員と客…近ければ近い程、のぼせ上がっている時期は衝動的に会いたくなる。だがそれが度重なればそれもすぐ人の目に付く。
食事もデートも徹底してせず、記念日にも会わず、家の近くを避け電車で30分の距離が離れたホテルでしか会わず、会うのは月に一回かせいぜい二回。それも不定期にする。メッセージのやりとりはその日のうちに全て削除、写真は一切撮らない。
「なんだよ、化粧してどこか行くのか」そう言いながら睨む旦那に「ナツミとランチに行くの」と答え、靴を履き玄関を出る。家の窓から旦那がこちらに視線を送る中、私はナツミの運転する車に乗り出掛ける。
似たような理由で出掛ける別の日は、今度は私が自分の駐車場から車を出す。理由は言わずとも明白、いつもナツミに車を出して貰うのは悪いから、今日は私が車を出すの。聞かれたらそう答えればいいだけ。そして車は駅前の駐車場に停め、電車に乗りいつも会うホテルのある駅に降りる。
ナツミと遊ぶのは月一回、私が身支度して出掛ける頻度は月三回。理由はナツミと遊ぶが二回、仕事の同僚と食事して帰る、だとか学校役員の仕事に行く、が一回。ナツミと遊ぶのは本当だが、仕事の同僚との食事も役員の仕事も嘘。真実に紛れさせた嘘は発覚がしにくい。
通い慣れた駅の改札を抜けると、ダイキが待っている。結局、もう無理だと限界を感じ別れを決めたのに、私はダイキを切り切れなかった。最後の電話でも「まゆが居ないとダメなんだ、頼む、去らないで」そう懇願され、いつものように元の鞘。気付けばダイキと会うようになってから、一年が経過していた。
初めはやるだけやったら即解散、というダイキの冷たさに嫌気がさしもしたが、結果として会いたくても簡単に会えない距離、デートだの食事だのはしないという付き合い方なら、発覚はまず無いとも実感している。
ダイキも、奥さんが休みの土曜日は絶対に他に用を作らない。そして奥さんが仕事の土曜日も、二回あるうち一回は家で過ごす。そしてうち一回を私に会うのに使う。四回あるうちの一回だけだから、疑われる事は無い。メッセージアプリは必ずやりとりはマメに削除し、証拠に残る写真も動画も無い。
この世に絶対など無い、どんな拍子にバレるかは分からないが、私だったら…そこまで会う頻度が少なく実際に同性の友達と出掛ける様子を見ている、または朝からどこにも出掛けずスウェット姿でだらける姿を見ているのなら、その中に巧妙に浮気が紛れ込んでいても、疑いはしないかも。
そしてまた、私も。ダイキに辟易して他の男と寝ても、距離の離れたダイキにもそんな事をこの歳まで一切して来ずある意味信用を得ている旦那からも、どちらからも疑われる事が無い。
貞淑だったわけじゃない、不倫がしたかったが出来なかっただけだ。自分に自信も無かったし、出会う手段も無かったから。今はマッチングアプリに3、4行誘い文句を書くだけで、驚く程簡単に相手が見つかる。そして思いの外、自分には男性からの需要もあったのだとも知る。
そうなると、毎日見るだけで辟易する同じ献立には手を付けたくも無くなり、今に至る。自分がこんなに、微塵の罪悪感も持たずしれっと大胆な事をやり仰せられる性格とも思っていなかった。ただ、私はこれからあっという間に老婆になる。同じ老婆になるなら、あんな男に操だてなどせずしたい事をすれば良かったとその時後悔したくない。それだけ。
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