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面倒
まゆ
公開日|2023.08.15
更新日|2023.08.15
ワガママで他者の気持ちを慮れないダイキは、Sである以上に自分勝手な性格だからセックスも自分勝手。私はそれを諦め許していただけ。気質そのものはSとMだからセックスは相性が良かったが、セックス以外は何もかも合わず最悪だった。もしかしたら旦那より喧嘩が絶えなかったかも。
そんなダイキからも、ついに連絡が来なくなった。
初めは寂しいと感じたが、忙しい日常の中に飲まれ段々と初めから居なかったかのように気にならなくなった。初めこそ、駅で合流したら必ず手を繋ぎ歩き出すのが定番だった事や、挿入しながら耳元で好きだと囁かれる事など思い出したりもした。が、それ以上に自分の自由にならないと暴言を吐く事にほとほと嫌気がさしていたので、結局「別れて良かった」という気持ちに落ち着く。そしてそのうち思い出す事もほとんど無くなった、別れから一ヶ月半後の事。
仕事終わりに車に乗り込んだと同時に、バッグの中のスマホが振動した。もうこれで一生掛かって来る事は無いだろうと確信していた番号がディスプレイに表示されており、目を見張る。仕方なく出ると「どうしても寂しくて、耐えきれなくて掛けちゃった」とダイキが言う。いい加減諦めて別の相手を探しているかとばかり思っていたから驚いた。「…びっくりした」と言うと「だめなんだよ、どうしても忘れられない」と小さく言う。「言い過ぎた、許して欲しい」とも。
自分の感情に任せて相手の人格までも全否定する暴言を好きに吐き散らし、頭が冷えたら反省を口にする、典型的なDV男のやり口。
私がダイキを許せて来たのは、籍の入った伴侶じゃないから。ある意味どうでもいい存在だからだ。これが四六時中同じ家に住む女房という立場で、子供が居ないならとっくに逃げてる。事実自分の旦那も似たり寄ったりのクズで何度も離婚寸前まで行った。ただ離婚を考えた時、頭に過るのはやはり二人の息子の事だった。二人を大学に入れるまでは、養育費の他にも様々な場面で旦那の収入が必要になる。子供がいるから踏みとどまってきた離婚を、ダイキの女房は子供が居ないにも関わらず我慢が出来ているから本当に凄い。初めは女房は可愛いからやらないのでは、と思っていたが「嫁とはこんなもんじゃない、もっと酷い言い合いになる」とも本人が言っていたし、いかに女房が可愛くともこの男なら自分が気に入らなければやるはずだ。だからよく離れないと尊敬する程。
外は雨。駐車場の車の中で窓ガラスに当たる雨音を聞きながらどうしたものかと思っていると「これからはセックスばかりじゃなく、デートもしよう?今までごめん、それでいいって言ってくれるまゆに甘えてた。それに記念日にはプレゼントもさせて?俺があげたもの持っていてよ、愛してるから捨てられたくない、これからは大事にするから…頼むよ」と今更過ぎる提案をして来た。セックスしか目的がなく、その恩恵を得る為にたまには安い食事や贈り物くらいの餌を与える事すら今まで思い付かなかった男が、よくその発想に至れたものだ。小馬鹿にする気持ちと呆れで、口元に歪んだ笑みが浮かんだ。
「もうね、セックスが嫌ならしなくてもいい。食事行ったりドライブしたりだけでもいい、それがダメなら電話するだけでもいいよ。寂しいんだ、まゆが居ないと」
今回は随分必死だ、セックスの道具を手離したくない一心で、サイコパス特有の心にも無い嘘を必死に訴えている。彼は今のこの発言を、私が戻った瞬間平気で無かった事にしまたホテル通いしかしなくなる。私も今更デートなど望みもしないのでして下さらなくて結構だが、毎度自分の発言に責任を持たない部分も、実にサイコパスらしいと感心する。
私はもう、ダイキの事がどうでもいいんだとはっきり感じる。なのに引き下がらないダイキに私は「わかった、またセックスが必要なら従うから。でも今までみたいな頻度は無理かも、かなり無理してスケジュール空けてたから」と返した。私の言い方を皮肉と感じると、いつものダイキなら「可愛くない言い方しやがって!黙って言う事聞け!」とねじ伏せて来る。だが今日は皮肉に暴言を返す余裕も無い程必死らしい。「いいの?ありがとう…よかった。本当にありがとう、でもまゆと離れたくないのはセックスだけじゃないんだよ。本当に好きなんだ」と言ってきた。
「まゆからも好きって口に出して、聞かせて」
このフレーズも、付き合っている時にはよく言われたものだ。私は彼にとって、自分の指示が通る生きたラブドールでしかない。けれど彼は上手くいっている時も上手くいかなくなって別れて復縁した時も、これを言う。人としての感情を持たない男なので、愛だの好きだのは彼に無い。あるのは執着のみ。でもよく自分を好きだ、と言わせるこの言動を見ていると、同時に寂しがりやなのかな、とも感じる。
「まゆは友達多いだろ、俺は友達が居ないんだ。だから日常の他愛ない話とかまゆと出来ていた事が楽しかったし、本当に救いになってたんだよ。だからまゆが居なくなったら寂しくて、死にそうになる」
友達が居ないのは、他者を思いやれない故だ。けれどそれは言わない。ただこの「別れる」「別れない」のやりとりすら面倒になってしまい、私は「わかった」と返した。
いつになったら私はこの人から解放されるのだろう。そしてなぜ、私にこれ程執着するのだろう。考えても分からない。ただもう今は、月一回ほど体を与えていれば大人しくなっていてくれるなら、それでもいいと思い始めている。ダイキに諦めて貰う方法を考えるのも、その為にまたもう一度喧嘩をするのも全てが面倒。
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