苦痛

私は不倫自体を罪とは思わない。だが発覚したらそれは大罪に変わるとも思っている。嘘と不倫に私は、同じ持論を持つ。それはどちらも、バレた時初めて悪しきものに変わる。逆を言えばバレなければして良いもの。ただ、やる以上は誰も巻き込まない、泣かせないを貫く必要がある。伴侶と別れさせて自分が略奪したい、不倫関係で相手も望んでいない中妊娠したい、それらは言語道断。やるなら他者を絶対に含めるな、相手の女房や子供も自分が妊娠する子供も、微塵の罪も無いのに地獄に落とせば、その不倫は大罪となり初めて罰が下ると思っている。

そして私は、まだ発覚の無い不倫をここに綴ってきた。伴侶以外の“男”と寝た記録を。ただまだ綴っていない記録がある。

私は“女”とも寝た。

SNSで知り合ったMさんはトランスジェンダー、体は女で心は男。不倫もジェンダーも関係ないSNSの趣味の繋がりで知り合い気が合って仲良くなり半年、敬語も使わなくなりLINEなど個人的な連絡先も交換するようになった頃、彼から自分のジェンダーと「ずっと好きでした」という告白をされた。

私はLGBTに偏見は全く無い。私は、人は皆自由であるべきという考えだから。誰が誰を好こうが、おっさんがセーラー服を着て闊歩しようが女が女と寝ようがメンヘラ女がピアッシングやタトゥーを繰り返そうが自由で、誰も彼らを侵害する権利は無いという考え。だからMさんの告白もすんなり受け入れはしたが、ジェンダーの告白はまだしも、愛の告白には少し戸惑った。偏見が無いから抱かれる事に抵抗が無いかと言われたら、そこは違い…生物学的な話になる。

私は完全なる異性愛者であり、男性しか受け付けない。一方彼は、付き合う女性は皆レズビアンだったので、彼女達は彼に“女”である事を求めた。そして彼は中身は男だが付いているべきものが無いので、ディルドなどで男性自身を生やして女性に挿入するセックスがしたい願望があった。だが相容れない、恋人にした女達はレズビアンでペニスなど必要が無い、もっと言えばペニスなど嫌悪するもの。そんなものをわざわざ付けて入れられたくはないから彼が望むプレイは誰も承知はしない。指と舌でイカせるだけのセックスしかさせて貰えなかったそう。

そして彼らトランスジェンダーの男は、レズビアン同士のセックスとはまるで違うプレイをする。まず自分自身には触れさせない。自分は脱ぐ事すら無い。触れないわけだから絶頂も無いが、相手の女の興奮する様を見るだけで良いのだという。そして作り物だとしても、もし叶うなら男性自身を生やして男のように女を責めたいとも。でもそれをレズの女は承知せず、ノンケの女は自分のような存在自体を受け入れない。彼は、満たされないまま50まで生きてきたという。偏見を全く持たない異性愛者の私は、彼からしたらこの上もなく合致する相手。だが私からしたら真逆で、いくら心が男だろうが注射も手術もしていない女に抱かれるのはさすがに抵抗が起きる。

それでも彼からしたら、私は男として思いを果たせる最後のチャンスの対象と思うのだろう。熱意が凄かった。一度だけならまだしも、彼はセックスがしてみたい願望の上に私への好意まであるから、継続的な関係を求めてきた。対して私は恋愛関係も肉体関係も結びたくない、友達でありたかった。だが最終的に、やっぱり私は絆された。強く出られず「はい」と首を縦に振ってしまう。

大喜びして道具持参で会いに来た彼…Mさんは、服装こそボーイッシュで髪もショートカットだが、全くの女だった。それは本人の前では言えないが、100kg近い体格の中年女は…私の脳は『セックスをする対象』とどうしても認識しない。それでも応じたからにはそれは尾首にも出すまい、そうは決めた。

そんなにも受け入れがたいのに応じたのは、彼があまりにも私を好くからだった。私は美人から程遠い、私も太っているし容姿は良くない。それでも寝た男達はただの遊びでも一応は可愛いだのと適当に誉めはしたが、Mさんはその熱意が段違いだった。なんなら一番好意を口に出したダイキよりも。ダイキは口では好きだの何だの言うが、どこかに連れて行く気も無ければ贈り物ひとつも寄越さない。Mさんは口と行動が伴い、好意は指輪などの形でも贈ってくれた。慌てて辞退しようにも、返せば余計に悲しむだろう彼を前に受け取らないわけにはいかなくなったし、食事にも連れて行くと聞かない。私が余計な負目は作りたくないから「何もしてくれなくて良い」と言っても聞かなかった。「遠慮じゃない、受け入れたら抱かれないわけにはいかないから困るの」という本音を飲み込みながら歩いていると、されるがままに手を繋がれた。

だめだった、手を繋ぐ程度の接触すらも相手が同性である以上、おぞましく感じた。だがもう後には引けない。ホテルに入り、少し高い刺繍入りの下着の上下になった私を見たMさんは興奮しきり「綺麗」「美人」「最高」と誉めそやす。彼はでっぷり太った女が好きらしいから、私のたるんだ体はむしろ性癖に合っているから誉めるだけ。実際は醜い四十近い女の下着姿なだけだが、彼は首から下だけでいいからどうか写真を撮らせて欲しいと懇願し、一枚写させたら大いに喜んだ。チェックし、個人特定出来ない写真と判断し保存する事をOKしたら、舌を入れるキスをされた。

好いた男とのキスは、快感に背筋がぞくぞくする。好いてもいない女にされるキスは、悪寒に背筋がぞくぞくする。早く終わって欲しいと願うが、しつこく口内をねぶり回され吐き気がした。

彼は友人としてならむしろ大好きだ、だが体は正直に彼を『巨漢の中年女であり、自分の恋愛対象外』と見なし、受け入れがたいと警告する。鳥肌や吐き気が、その警告を体が受けたサインとして如実に現れた。だが気取られないよう、彼の愛撫に耐える。指を入れた彼が「あっ凄い！」と声を上げた。

「入り口が狭くて、ただずっと狭いんじゃなく…少し広くて奥でまた閉まる、それにギュウギュウ締め付けてくる。かなりの数の女を抱いたけど、まゆみたいな膣は初めて！」そう興奮気味に言う。ダイキは「50人以上した中で一番だよ、別れられない」と絶賛し、直樹は「変わった形、会った事ない、気持ちいい」と言い他の男も「狭い」と言いMさんからも称賛された。私はどうやらあの具合は、やはり相当良いらしい。けれどそれを喜ぶどころじゃなく、私の苦痛は続く。巨体にのし掛かられ腰に装置したディルドを挿入され、キスで口を塞がれ窒息しそうな時間を味わう羽目に。でも挿入より愛撫より何より、私がやっぱり一番嫌悪感が沸き拒絶反応が起きるのはキスの行為だった。好いた男にならいくらされても嬉しい、好いていない男でも受け入れるのはさほど苦ではない、だが女、しかも太った、申し訳ないが不美人で男性化も全くしていない齢50を過ぎた中年女とのキスは、本当に吐き気を催すし二度と出来ない。生物学的に、根本から体が“受け入れ不可能”と言っている。私はレズでもバイでもない、ペニスを持つ男性のみを受け入れるように体も脳も出来ているヘテロセクシャリティーなのだと骨の髄まで痛感した。早く終わって欲しい一心だったが、声を上げ、たまには抱きつくなど演技はした。男に少し触れられるだけで溢れる程濡れる膣が乾いているのは「緊張しているから」という説明をした。

事が終わった後、Mさんは感極まり「嬉しい」と泣いた。「大好きで大好きでたまらないまゆを抱けた事、それも自分が長年したくても出来なかった、男としての挿入を受け入れて貰えた事、どっちも嬉しすぎてたまらない」そう言って感涙までしてくれる彼に、どうして私の本心が言えよう。優しく髪を撫で「私も嬉しいよ」と返した。ただやはり、二度とはしたくないというのが本音。生まれ持った性は、変えられない。私は男の体しか受け入れられない。この苦痛は二度と味わいたくない。

一度あれば二度も…当然のように求めるMさんには、後日病気の治療で飲んでいる薬の副作用で性的欲求が沸かなくなった。セックスもキスも苦痛になってしまったと告げてみた。彼は優しいのでダイキのように私の意思を無視などしない。気遣い、何度も抱きたいところを辛抱してくれている。このまま何もなく、彼とは友達で居たい。彼は私に愛情を持ってくれた、私はそれに一度の行為に応じる事で恩返しした。苦痛ではあったが後悔は無い。そしていよいよ、男のみならず女までも経験に含まれた自分の節操の無さにたまに呆れて笑ってしまう。

ただ、誰でも彼でも受け入れるわけではない。同じSNSの集まりで年下の男に言い寄られもしたが、知性も常識もない男には何の魅力も感じなかったので適当にあしらったりなども。たださすがに、もうやめなくちゃ。好意は返さねばと思ってしまうタチなので、その都度返していたらキリが無くなるし身も持たないから。