嫌厭

不倫恋愛は、カレンダーに左右される。

年末年始や夏休みは、まだ小さい子供がいるなら尚更身動きが取れない。承知の上で交際を始めてはいるが、12月の始めに会ったきり約1ヶ月会えていないのが辛い。正月休みはあちらは実家に行ったり従兄弟と会ったり、従兄弟の子供達や自分の子供達を世話したり。そんな報告が一日に一回はLINEに入る。大変そうだが同時に楽しそうでもある文面に、ついそっけない返しをしてしまい『なにかあった？元気ない？』などと聞かれてしまった。若い独身女なら『あなたに会えないから寂しいんだよ』など送れるだろうが、既婚の中年にもなった女がこの文面を送るのは幼すぎるし重すぎる。ため息をつきながら年を跨ぐタイミングでもあったので『何もないよ、今年もよろしくね』とだけ返した。『2024年もたくさん幸せな時間過ごそう！』という返信に思わず「会う時間も無いくせに」と声が出てしまった。

年末のうちに行きたくもない旦那の実家への滞在を済ませ、新年は自宅で迎えた。息子らは誰とどこで会うのか知らないが朝からおらず、クズ旦那はパチンコへ。鬱陶しい男どもが居らず家に犬と自分だけなのは清々していいものの、逆にあれこれ考える時間が多くなりネガティブな事も頭に浮かんでしまう。彼は正月休みが終わればすぐ仕事始め、異動したばかりだから気疲れもするだろうし帰りの時間も分からない。いつ会えるか分からないまま、飽きられたり嫌になられたら…。絶望的な気持ちになっていたら、帰省中の女友達から電話が来た。「まゆは帰省は終わってるよね？よかったら明日、日帰り温泉行かない？」という誘いに「いいね、行こう！」と返した。一人で家に居るとやすに放っておかれている自分を意識してしまって気持ちが荒む。連れ出してくれる女友達に感謝した。明日は温泉に浸かったり昼食を食べたり、買い物したり忙しく楽しむので嫌な事を考えずに済む。

通話を終えスマホを自室のベッドに投げ、飲み物を取りに階下へ行ってまた自室に戻ると、スマホからインスタの通話の着信音が鳴っていた。誰だろうと思い慌ててスマホを手に取ると、見覚えのあるアカウント名が表示されている。最後に会ったのは7月の頭。別れを告げてから何度もしつこく復縁を求められたり脅されたりして来たが、ここ数ヶ月は大人しかったので諦めたか別の女が出来たかと安心していた。が、まだ執着は無くなっていなかったらしい。電話番号もLINEもスカイプも全てブロックしていたが、インスタアカウントだけはわざとブロックせずにいた。全ての連絡を断ったら、何をして来るか分からないから。家の前に立って待ち伏せなどされたらたまらないから、インスタのDMだけは繋がるようにしていた。ダイキはその後も何度もしつこくインスタの通話機能で通話を求めて来たが、会話したくないので取らずにいた。だがあまりにしつこいので『DMなら話す』と送る。と『LINEブロック解除してよ』と来た。うるさいので言う通りにすると

まだ忘れていない、まだ好きだ、せめて友達でいてくれないか、セックスはいらない、ただお茶するだけでもいいから会いたい

などと入る。やすに放ったらかしにされている今、一瞬揺らぐ。何と言っても一年付き合って来た相手だから気心は知れていると言えば知れているし。そんな気持ちも一瞬過って「暇だからお茶くらいしてもいいか」とか思ったが、すぐに「やっぱりやめよう」と思い直す。ダイキの会話にならない会話や罵詈雑言を思い出し身震いが起きたから。

『ごめんね、会えない』そう返すと初めはなんとか懐柔させようと優しく、それでも良い返事をしないでいたら、いつものように罵倒が始まり思わず笑ってしまった。

お前みたいな醜い体を抱いてやっていただけで有難いと思え、今は会う女は他にいる、お前より若くて綺麗な女が。俺が抱いてやらなきゃ男日照りだろうから、声を掛けてやったんだ

呆れながら眺め『気が済んだ？またブロックするね』と返すと『女が出来たのは嘘だ、まゆを忘れられてないから次に行けない、お願いだから復縁してくれ』と返りますます呆れる。倦厭しながら再びLINEをブロックしまたスマホを投げた。

気晴らしの友人との日帰り温泉に行き、仕事始めが来て、年末年始の雰囲気からすっかり日常に戻る頃になってもやすから「会いたい」というメッセージは来ないまま。どの男とも同じで、私は私から会いたいとは絶対に言わない。あちらから～日に会える？と申し出があるとそれに私が合わせる。男は、まして家庭があるなら明日は子供と動物園に行く約束をしているのに女から「会いたい」などと言われれば困るわけで、私のように指定日を自分から決めて女に合わせて貰う方が会いやすいはずだから。けれどただ相手からの会いたい、を待つだけになるので苛立ちが募るのも事実。

異動したばかりで気も張っているだろうから、新年が明けて10日経っても会いたいの「あ」の字も出さずくだらない雑談メッセージは寄越す彼に、不満はあっても出さずにいた。ただ、それ以上を過ぎ明らかに会う時間があるはずだったのに「今日は夜釣りに行ってくるよ」などと言ってきたので流石に今後の付き合いを考えるようになった。釣りは彼の一番の趣味だし、年末年始の家族サービスに異動後の勤務の気疲れもあるだろうから、それをするのは咎めない。ただ…一ヶ月以上も会っていないのだから、今だけは夜釣りより私に会うのを優先して欲しかった。会いたいのあの字も無いと書いたが、実際には「早く会いたい」とは送られて来る。ただ以前のように会いたい、の翌日に「～日は空いてる？」という誘いが無いだけ。

他の女でも出来て、夜釣りと言い訳して会いにでも行くのか。勘ぐるような気持ちが沸いたが、メッセージに添付された写真にはテトラポッドと海が写っている。ただ私には、釣りをしてようが何をしてようがもう関係ない。寂しいのに捨て置かれている、私に嫌気がさしたならメッセージも減るはず。なのに雑談やおはようのメッセージだけは以前と同じペースで入る。というこの蛇の生殺しのような扱いが耐えきれない。ダイキとの交際で散々傷付けられて、他に自分を好いてくれる人を求めて誘いに乗っては色んな男を渡り歩き、やっと自分も好きになれて交際が楽しいと思える人、やすに会えたのに。

半年しか持たなかったか。クリスマスは幸せだったのに。そう思うと涙が出そうになる。落ちた気持ちはなかなか戻らず、貰ってから毎日身につけていた指輪さえ見たくなくなり、外して宝石箱に仕舞った。やすとも、もう終わりなのかも。飽きられたのかな、それとも会いたくなくなるような失望させる事をしてしまったのだろうか。そんな憂鬱な気持ちのまま週明け仕事に出た。 コーヒーが欲しくて会社の駐車場横にある自動販売機に寄ると「こんにちは」と背後から声を掛けられる。振り返ると納品する品物を積む為に会社に出入りしているトラックドライバーさんだった。何回か顔を見た事のある人だったが話した事は無い。彼も飲料を買うのだろうと思い横に退くが、彼は買う素振りは見せず私に話し掛けて来た。仕事上やりとりが出来ると助かる、という内容の話だったので、それなら私が対処出来るからと気軽にLINEIDを伝えた。

その日はそれで終わり、LINEには教えた事への礼と、仕事についての話も書かれていた。それにビジネスの返信をし、更に数日。朝には「今日はそちらに伺います」だとか「寒いですね」など短い文も来るようになった。 彼は結婚指輪をしている、顔は良くも悪くも無いが、袖からトライバルのタトゥーが僅かに見えているので若い頃はそれなりにやんちゃだったらしい。仕事は真面目で社員からの評判は悪くない。そんな彼を意識した事も無かったが 「そちらは予想していなかったかも。個人的に話したくて、機会が無いかとずっと前から思っていました。話せて嬉しいです。ただ、嫌なら仰って下さい。あと、強引に誘ったりなどもしません。時折LINE出来て、会社に伺った時挨拶出来たらそれで充分です」 と届いた。スマホの角を唇に当て、深くため息をつく。

若い頃はモテる方じゃなかったのに、こんな歳になってお声が掛かるとはなぜなのか。そう思った後小さく笑った。機会を窺う男と、現在の付き合いに不満がある女、いい大人同士が挨拶のLINEや世間話で済むはずがない。私がもっと隙を見せれば彼は私を誘うはず。 あのトライバルタトゥーの入った腕が自分を抱える様を、貞操観念が無いも同然の、やすから放置され寂しさを感じる私は容易に想像出来る。最低だとも思うが、私は寂しさに耐えられない女になったのだ。ドライバーの彼、トモユキを気に入っているわけではない。見た目が嫌悪する程ではない、という程度。ただあちらからの好意は強く感じ、私はそれにこそ弱い。パートナーに不満がある時に押されると断りきれずに許してしまう。継続して付き合わないまでも一、二度は。 今回もそうなるのかなと思いながら、苦笑した。ちゃんと掴まえておいてくれるなら行ったりはしない。

ただ、どんな考えだろうが私が悪い。

そもそも子持ちの主婦でありながら交際相手を持ち、その相手とうまくいかない時に別の相手から誘われると断りきれないなど。不貞に不貞を重ねる最低な人間だ。 ただ私は、自己の責任において全てやっている。誰に強要されているわけでなし、私が私の判断で。だからどんな状態になろうが、後悔はやはり無い。トモユキとどうなるかも、やすとどうなるかも分からない。でもどうなろうが…それでも後悔しない。貞淑に生きようが最低に生きようが、全ては棺に入るまでの事。ならばやる事をやった上で好きにする。棺から這い出たら死後の裁きも受けるだろうが、閻魔にすらも「悪いかよ」と宣い閻魔を呆れさせる。それが私。