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芳香
まゆ
公開日|2023.08.13
更新日|2023.08.17
画像を変えてしばらくしても、マッチングアプリのメッセージは途切れなく来ている。一日2~3届く文面を眺めながら、さすがにもう落ち着かないと…なんて思いながらも、ついLINEのやりとりをする男性は2人くらい常にキープしていたり。日常は旦那は相変わらず感心があるのはソシャゲのレベル上げとパチンコ、私がどこへ行こうが構わない。尤も私も簡単にバレるような真似などしない。通話は家族が誰も家に居ない時しかしないし履歴もその都度消去し、異性と出掛ける時は女友達とのランチやレイトショー鑑賞の予定の中に巧妙に混ぜ、何より旦那への態度を変えない。過剰に優しくもせず、嫌がりもせず。酔った旦那に時折ふざけて後ろから抱き付かれたりもするが、嫌悪に鳥肌は立つが決して顔にも態度にも出さない。徹底して隠し微笑みながら「酔いすぎ(笑」などと返すと、シラフではモラハラを繰り返す最低男の機嫌も悪くならない。プライドが高い男でもあるので、勃ちが悪くなった事で女房とするのに抵抗を覚えるようになった後は、私をセックスに誘う事も無いから面倒も無かったり。
そうして飲むだけ飲んではリビングの床にセイウチのように転がって寝る旦那は朝まで起きる事がなく、私はセイウチが眠剤代わりに浴びる程飲んでぐっすり寝ている土日の午後11時~午前2時の間に自由になる。
ただ、さすがにダイキと完全に別れた今は新しい人を探す気にはなれない。何となく気を紛らわせる為に男性と何気ない会話をするLINEなどはしていても、「会おうよ」と言われたら「今月は忙しくて、来月なら」などと曖昧な返答で先延ばしにしている。ソファーを使いたいのに、床に転がり旦那が寝ているせいで邪魔で使えない。仕方なく二階の自分一人が使っている部屋に入りベッドに寝転がりながらスマホを覗くと、LINEの相手から「来月ね、約束だよ?」とあった。スマホをベッドサイドに置き仰向けに寝る。
この気持ちはきっと、犯罪する時の心理に似ている。
一人殺めたら百人殺めるも同じ事。
一個盗んだら百個盗むも同じ事。
一人と寝たら百人と寝るも同じ事。
ダイキに抱かれた時点で、私は不倫という泥に体を頭の天辺まで浸してしまったのだ。今さら寝る男が何人増えようが同じで、どうせ私は死後、閻魔から姦淫の罪で裁かれる事に変わりはない。来月会いたいと送ってきた彼も悪くない男だ、一回くらい会ってみてもいいかも。私の貞操観念は、この一年で無きに等しくなっている。けれど元からセックスは嫌いじゃない、原点は多分、あの時。今でこそ老け体はたるみ魅力に乏しい中年女になったが、どんな女にも若い時代はあるもの。旦那と知り合う前の19歳くらいの頃、付き合っていた彼とのセックスは印象的だった。
当時彼は22歳、鉄筋を扱う体を使った仕事をしていて引き締まった体と精悍な顔立ちの人だった。学生時代、駅のコーヒーショップで帰りの電車を待つ間コーヒーを飲んでいる時声を掛けられ、付き合うようになった。付き合い始めて2ヶ月程経過した夏の夕方の事、その日はデートらしいデートもせず直接ホテルへ。「仕事終わってすぐシャワー浴びたのに、もう汗かいてるよ」と言う彼は部屋に入るなりすぐ、浴室へ行く為にシャツを脱いだ。仕事柄自然に筋肉が鍛えられており、特に胸筋は盛り上がり形が良い。覚えたてのセックスはあまり良いとは思えなかったが、正常位で自分にのし掛かる時の彼の発達した胸筋を触るのは好きだった。「こっち来て」下はジーパン上半身は裸の彼がそう言いながらふざけて抱き付いて来た時、香りが感じられ頭がクラクラした。
香水と混じり合う、汗に含まれた自分自身も女友達も持たない、特有の男の香り。それは決して嫌なものではなく、むしろセックスの良さも知らない未熟な私をはっきりと欲情させた。私の性は自分が持たざるものを求める。体から発する匂いであれペニスであれ、自分に無いものだからこそ良く思える。それを思うと身体的には自分と同じ『女』であるMさんとの逢瀬は本当に苦痛でしかなかった。私はやはり、どこまでも男を求める女なのだと感じる。
某ブランドの香水と、自分と異なる性の者の持つ匂いが混じり合った香りに私は濡れ、自分から彼の首に腕を回しキスをした。そんな事を今までした事も無かったので彼は少し驚いていたが喜んでもくれて、結局そのままセックスに雪崩れ込んだ。私が女としてはっきり男を欲したのは紛れもなくあの瞬間だったと、今でも鮮明に思い出せる。
体臭は相性が良かったりその相手を好いていると良いと認識し、相性が悪かったり好いてもいない他人だと不快と認識するらしい。私はあの彼の匂いが好きだった。だが、階下で寝転がる旦那の匂いは吐き気を催す。幸い近くで嗅ぐ回数も減ったし、寝室も別部屋なので寝具を侵食される事も無い。その自分専用のベッドに寝転んだままダイキの体臭を思い出してみたが、彼は清潔で体臭が無かった。他の男性達も当然会う前はエチケットとしてシャワーを浴びた体で来てくれており、不潔な人も居なければ体臭を感じる人も居なかった。
なので男性の放つ“香り”に興奮を覚えた経験も、あの一度きり。懐かしいその香りは、こんなに時間が経過した今でも思い出せる。そんな事を考えながらいつの間にか眠りにつき、翌日。
加齢臭と体臭の混じった不快極まりない旦那のシャツを手袋をした手で籠から洗濯機に放り込み、辟易した気分で自動洗浄のスイッチを押した。
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