足留

まゆ

公開日｜2023.08.31

更新日｜2023.09.13

いつか寝た男から「俺さ、前の女房にある日突然いきなり好きな男出来たから離婚してって言われたんだよね」と、寝物語に語られた。「その後どうなったの？」と聞くと、男はベッドから起き上がりソファーに座り「出て行ったよ、再婚したみたい」と返してきた。今私自身がしている事も最低で、その女房となんら変わらない。変わらないが、私はどんなに好きになろうとそこまでの気持ちにはなれない。構築して来た全てを捨ててまで付いて行くというのは、なかなか凄い事。私が望むのは、日常のつまらなさや寂しさを埋めてくれる事。好き、とお互い言い合いたいし、ほんの少しの我儘だけ聞き入れて貰いたい。一年に一度でいい、クリスマスイルミネーションだけは一緒に見たい。それくらいのもの。それすらもダイキは一切聞く気が無さそうなので私もねだる事すらしなかったが、好き、と言い合えたのは楽しかったし日々支えになってはいた。ただ、もう今はダイキに気持ちが無い。

見た目が好みで話が合い、セックスも上手くて自分を大切にしてくれる男と

見た目が好みでも話も気も合わず、セックスは上手いが自分を全く大切にしない男となら

誰だって前者に心が移るはず。でも一度会ったきりなので、さすがにまだ気持ちを本人に言う気にはならない。不倫の恋愛は色々な事をスキップしまずすぐに寝る事が多く、好きな気持ちを互いに確かめ合ったりなど面倒なプロセスは踏まない。結婚という同じゴールを見据えた交際じゃないから。とりあえず気が合えば寝て、悪くなければ関係が続行される。夫婦間のセックスレスの解消に恋愛感情は必要が無い。そして好きになってしまう方が、余程辛い。ゲームやスポーツのようにセックスを楽しんで「またね」と別れるのが一番だが、好きになってしまえば会えない日が募れば寂しく苦しくなるし、相手の言動に一喜一憂してしまう。

ただ、私はやっぱりやすを好きになってしまった。そして次会う約束をしたすぐ後に、私は息子二人からコロナに感染させられ一週間以上寝込む羽目に。自分が40度を越える熱の中息子二人の食事を作り衣類を洗濯するのは地獄そのもの、旦那は未感染だったので自分の実家に帰した為、旦那の世話は無かったのは幸いだが。会う日程が狂い、これでやすとも疎遠になってしまうかも。そう諦めたが意外にもやすは毎日心配するLINEをくれて、発熱中は「家を教えるのが嫌じゃなければ、水や食べ物や解熱剤だけでも玄関先に届けに行くよ」と言ってくれた。家事も育児も仕事もある彼にそこまでは甘えられないが、正直嬉しかった。

彼は忙しい。後から聞いて驚愕したが、女房も同居の義母も全く料理をせず365日三食やすが子供三人、女房、義母、本人の分の食事を作っているらしい。子供達は生まれてから一度も母親が作った手料理を食べた事が無いという。朝食を食べさせて支度を促し幼稚園に送り、仕事では精神障害を患う利用者がナイフで自分を刺した後処理をしたり徘徊を追いかけたり、利用者の家族から罵倒を受けたり。可愛がっていた後輩は血まみれの床を拭きながら嗚咽し、退職したそう。そんな日々を送る彼に、見舞いを届けさせるのは気が引ける。「遠慮しないで、仕事終わったらそっちに行くよ」という彼に「ネットスーパー利用出来るから大丈夫、ありがとう、その気持ちが凄く嬉しい」と返した。

何日も発熱や咳が治まらない中毎日案じるLINEをくれるやすに、有難いと思う反面会えない事で気持ちが離れてしまわないか心配にもなった。そもそも気持ち、などというものも確認したわけでも無いが。体だけの関係でも構わないから、私は彼と続けたい。そんな思いの中ある夜

「次会ったら大事な事伝えたい、もう何を言うかはバレてるよな(笑　でもLINEじゃなく直接伝えたいんだ」

という一文が届いた。忌まわしいコロナで体力が落ちていたが、嬉しくてつい文面をスクリーンショットしてしまった。どうかこのまま、会う日まで気持ちが変わらないで欲しい。「次会える日が楽しみ」と言ってくれる彼に私からも今すぐ返事がしたいのに、体調がまだ戻ってないから言えない。コロナに足留めを食らったまま、会えなくて12日間が過ぎた。

彼は食事に行こう、イベントも祝おうと言うだけでやらないダイキと違い、口ばかりではなく車で一時間程度の観光地に日帰りで行く計画をしてくれたり、セックス以外の付き合いも求めてくれる。彼女として扱ってくれる事が嬉しい。けれどコロナから回復してすぐの遠出は私がまだ咳が残る体で辛かったので、私から前回同様ホテルで会う提案をした。本当の事を言えばコロナ明けの体でセックスするのも辛い、けれど二回会う予定をズラして貰っているから申し訳ないという気持ちがあった。やすも体を案じてくれたので「無理せず辛かったら言うからね」と付け加え、週明けに会う約束をした。

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